鎌田菜月の今日までのこと 第3回

~3年目 前編 飛躍と苦悩~
3年目は明るいニュースからはじまります。

2015年3月、目標のもう一つである進学が決まったことの報告が鎌田菜月さんからありました。
前任メンバーの卒業に伴い、二次元同好会の副会長に就任しました。

そして3月31日。6期生最後の昇格組の一人としてチームEに昇格しました。
この日のイベントでは7期生のお披露目があったり、先輩メンバーの活動最終日であったりとSKEというグループにとっても大きな変化があった日となりました。
鎌田菜月さんとしても2年目の生誕祭での目標を3つとも達成した日になりました。

4月からは正規メンバーとして、大学生として一気に新しい生活が始まりました。

劇場公演には今までに無いペースで出演しました。
お腹もいっぱい晒されました。
正規メンバーとして初めて全国ツアーにも参加しました。

正規メンバーとして初めて迎えた選抜総選挙。
鎌田菜月さんにとっては3度目の挑戦になります。
過去2回は、速報、本選を通して名前が載ったことはありません。
ついに、初めて速報で名前が呼ばれました。
順位は33位。速報発表があったAKB48劇場では{?}の文字が浮かんでいました。
ホームであるSKE48劇場では驚きの声が観客からもメンバーからも上がりました。
そして迎えた本選。ヤフオクドームでは70位にランクインしました。
お披露目の時、後列恥で目を瞑って写真に写っていた鎌田菜月さんが、速報では同期トップ。本選でも同期で3番目の順位になりました。

昇格してからの活動は順調そのものに思えました。
昇格した当時のチームEにはSKEの看板の一人である松井玲奈さんがいました。
その他のメンバーも「強い」メンバーが多くいました。
先に昇格した同期の熊崎晴香さんは既にアンダーでセンターを任されるほどになっていました。

後から昇格した鎌田菜月さんは公演でも一生懸命でパフォーマンスのレベルも追いつきつつあったと思いますが、それだけでは埋もれてしまう危機感もあったかもしれません。
それは研究生だけで公演をやっていた時代、先輩が「助っ人として」一緒の公演に出ている時代との違い。それらのメンバーと対等に渡り合わなければいけないということです。

昇格したからこそ感じた高い壁なのかもしれません。
研究生の時代から現状を打破しようとするとき、いろんな手を試してみることで新しい発見が出来ることがありました。
公演のパフォーマンスでの独自性の追求もしかり、他にない切り口でgoogle+や公式ブログを更新したこともありました。

4月 6th, 2016 by
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